先に旅立つ人からの「贈り物」を受け取るということ
日々の業務お疲れ様です。
ふと、エンドオブライフという書籍の中で表現されていた「先に行く人は、残された人に贈り物を用意してくれている」という言葉を思い出し、自分の原点になった経験を共有したくなりました。
忘れられない「あの時の無力感」
学生時代、肺がんの患者さんを受け持った時のことです。ご家族だけが医師から余命宣告を受ける場に立ち会いました。
涙を流す奥さんを前に、私は何を声をかけていいかも分からず、ただ呆然と立ち尽くすだけ。頭が真っ白になり、焦りで自分の呼吸すら止まるような、圧倒的な無力感に包まれた瞬間でした。
病室に戻り、患者さんには「何でもなかったよ」と気丈に振る舞う奥さん。でも、一歩廊下に出た瞬間に泣き崩れてしまって……。室内で何も知らない患者さんと、廊下で泣いている奥さん。二人の姿が同時に目に入ったあの光景は、今も鮮明に焼き付いています。
背中を押してくれる「贈り物」
その後、臨床に出て多くの経験を積んできました。
ある時、大切な人を亡くして、ドラマのように本当に膝から崩れ落ちてしまうご家族に出会ったんです。その瞬間、あの学生時代の光景がパッとフラッシュバックしました。
でも、今の自分はあの時とは違う。「プロとして、できるケアがある」と、当時の経験が後ろから背中を押してくれたような感覚になりました。そっとご家族の肩に手を置き、言葉をかけ、時間を共有する。あの時できなかった関わりが、今の自分にはできるようになっていました。
先に旅立っていった患者さんやご家族は、こうして私たちが次に同じ場面に出会った時、そっと力をくれる「贈り物」を遺してくれているのだと感じます。
効率化のなかで、悩む私たちだからこそ。
日々の現場は本当に忙しいですよね。エンゼルケアすら流れ作業のように進み、すぐに次の入院が来る。そんな機械的なスピード感に、最初は強い違和感や気持ち悪さを覚えた方も多いのではないでしょうか。
もちろん、誰もが平等に医療を受けられるシステムとして、効率化や仕組み化は絶対に必要です。でも、だからといって「効率的になれない自分は看護師に向いてないのかな」と、自分の心を無理にすり減らす必要はないと思うんです。
効率的な側面も、目の前の患者さんやご家族に密着する側面も、両方あっていい。
慌ただしい毎日だからこそ、先に旅立った人たちから受け取ったものを大切にする「心の余白」を、日頃から持っていたいなと思います。
現役のみなさんは、業務のスピード感とケアへの思いの狭間で、どんな風にバランスをとっていますか?
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投稿を表示時間を割くべきタイミングには残業になっても患者さん家族と対話するようにしています。ただ、同僚には(勤務先全体かも)そういう姿勢がみられず考え方の違いを感じてしまい…ケアマネの勉強をしたからだと思いますが寄り添い必要としているケアを優先したいと今は思っています。転職予定です😁
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投稿を表示感情があったとしても、与えられた仕事のみをこなしています。